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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)5880号 判決 2000年6月19日

原告

株式会社キヨウシステム

右代表者代表取締役

関井圭一

右訴訟代理人弁護士

木村圭二郎

阿部秀一郎

被告

有限会社ショウワコーポレーション

右代表者代表取締役

有元稔

被告

有元稔

被告

高田茂政

被告

茅野敞

右四名訴訟代理人弁護士

香山忠志

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自九三八万六八六五円及びこれに対する平成一一年六月一六日から支払済みに至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、原告を退職後、原告と競業関係にある会社へ就職した元従業員らに対し、同人らが原告との雇用契約上退職後六か月間は同じ職場にある同業他社への就職を禁止されていたにもかかわらず、これに違反したとして、また原告に損害を与える意図をもって、充分な事前通知期間を置かず引継ぎもせずに競業関係にある他社へ違法に移籍したとして、債務不履行ないし不法行為に基づき損害賠償を、さらに同人らの移籍先の会社及びその代表取締役に対して、違法に原告従業員の引抜き行為を行ったとして不法行為に基づき損害賠償をそれぞれ請求した事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、商品検査業等の請負等を目的とする株式会社である。

被告高田茂政(以下「被告高田」という。)は、平成九年一一月一〇日、被告茅野敞(以下「被告茅野」という。なお被告高田及び同茅野の両名を以下「被告高田ら」という。)は、同月二七日、それぞれ期限を定めて原告に雇用され、その後契約を更新してきた。被告高田らは、原告が日本圧着端子製造株式会社(以下「訴外会社」という。)から請負った電子部品の組立に関する業務のため、岡山県所在の訴外会社の院庄工場において、その組立三係として就労してきた。しかるところ被告高田らは、いずれも平成一一年三月二〇日、原告を退職し、被告有限会社ショウワコーポレーション(以下「被告会社」という。)に就職し、従前と同じ訴外会社の院庄工場の組立三係で働いた。被告高田らが被告会社に移ったのは、被告会社の時給が一〇〇円高かったことなどによる。

被告会社は、原告と競業関係にある会社であり、原告と同様に訴外会社の院庄工場で製品の製造組立の業務を請負っている。被告会社の代表取締役である被告有元稔(以下「被告有元」という。)は、かつて原告の岡山営業所の所長であった。

2  被告高田、被告茅野と原告との雇用契約書の中には原告に対する誓約書が添付されており、これには退職後六か月以内は現在勤務する職場のある原告の取引企業及び同じ職場にある同業他社には就職しないとの条項(以下「本件規定」という。)があり、被告高田らは、右誓約書に署名押印している。

3  訴外会社院庄工場の勤務日は月曜から金曜日まで、勤務時間は、<1>(昼勤)八時から一七時までと<2>(夜勤)二〇時から五時一〇分までの二交代制である。原告と被告会社が業務請負をしていた組立工程は、一係から四係まで分かれており、いずれの係でも、また、昼勤、夜勤を問わず、訴外会社の正社員に混じって、原告や被告会社の従業員が組立一係から四係で働いていた。訴外会社院庄工場の建物・機械を借りて働く原告の従業員は、平成一一年三月二〇日現在で一〇名(被告高田らを含めると一二名)が勤務していたが、被告高田らが退職し、その後しばらくして別の三名が退職、その後新たに採用された者を含め、平成一一年六月二四日現在で一一名が就労していた(昼勤四名、夜勤七名)。他方、同工場の建物・機械を借りて働く被告会社の従業員は平成一一年三月二〇日現在二〇名であり、平成一一年六月二四日現在では三三名であった(昼勤が六名、夜勤が二七名)。

三  原告の主張

1  不法行為

(一) 被告高田ら

被告高田らは、共謀して被告会社の時給が原告のそれより一〇〇円高いことから、自ら業務を遂行している訴外会社の現場を奪い、それを持ったまま被告会社に転職することを企図し、原告に退職を申し出、原告が被告高田らの意図を知らずに、退職を認めたことから、被告会社に就職し原告の訴外会社における現場、即ち請負人員二名分の請負業務を喪失させた。原告及び被告会社の訴外会社からの請負は、訴外会社の要請する人数分の労働者を訴外会社において就労させるもので、従来から原告の従業員が退職した場合には原告の従業員を補充するのが通常であり、他社の従業員がこれを補充すれば原告の請負人数が減少することになる。被告高田らには、原告との雇用契約に基づく信義則上の義務として、退職に際し、自らに割り当てられた現場を適切に原告の後任者に引継ぎ、自らが担当する現場の顧客が原告から離れないようにする義務がある。しかるに、同被告らは、これに違反し、雇用契約上更新拒絶をするには一か月以上前までに通知することとなっており、また原告が退職者の補充を用意するのに最低でも二週間を要するにもかかわらず、退職予定日の五日前に退職の意向を伝えることで、原告が右現場を適切に引き継ぐことを妨げ、自らが担当する現場を被告会社に移転した。

(二) 被告有元及び被告会社

被告有元は、平成九年一二月ころから平成一一年三月にかけて、原告従業員に対し被告会社に移籍するよう広く勧誘工作を行っており、本件従業員奪取もその一環として行われたものである。

被告会社は、被告有元が中心となって経営している会社であり、被告有元の行為は、被告会社の業務の執行として行われたものである。

被告茅野は、平成一一年三月一五日の午後、「三月二〇日付で退職します。圧着(訴外会社)には三月一五日今日連絡しておきます。」旨の電話を原告の津山営業所にかけており、さらに、被告高田も、同日午後五時頃、「三月末の退職予定を三月二〇日にしたいのですが、圧着(訴外会社)はどちらでも良いと言っていました。また、連絡下さい。」旨の電話をかけている。右架電は、いずれも、同一日の午後に行われているが、そもそも退職に関する架電がほぼ同時に原告に対しなされたこと自体不自然であり、被告高田については退職時期を早めるための申し出もしているのである。その後の事態の推移からすると、右被告高田らは、本来引継ぎ等のために行われるべき訴外会社への架電において、被告会社への移転後の職業確保の依頼をしていたとしか考えられないのであり、被告有元及び被告会社は、それを主導し又は加功したものである。

以上のように被告有元及び被告会社は、被告高田らが原告の従業員であることを認識しつつ同人らが原告に雇用されている期間中に予め訴外会社に連絡を取り、被告高田らの継続雇用の承認を取り付けて同人らを雇い入れ、これにより原告の職場であった訴外会社の職場を奪取したのであって、仮に被告有元において被告高田らの競業避止義務を認識していなかったとしても、社会通念上自由競争の範囲を逸脱する違法な行為であることは明らかである。

2  契約違反(被告らの競業避止義務違反)

(一) 被告高田らは、被告有元と共謀のうえ、いずれも本件規定による競業避止義務のあることを認識しながら、あえて自らが就業していた訴外会社への営業を移転するために、訴外会社と取引を有する被告会社に転職をした。

(二) 競業避止義務の有効性

原告が行っている事業は、業務に関する会社の個性を出すことが困難なものであった。現に原告が訴外会社内の作業員として一〇名程度面接を受けに連れて行ったところ、一人しか了解を取り付けられなかったこともある。また、原告に就職した従業員が、具体的な職場を割り当てられ、一定期間、そこで業務に従事することにより、発注会社(訴外会社)の信頼を得るようになるのである。このように、原告と訴外会社の間の契約の履行に関しても、従業員の個性が重要なものであり、当該企業との関係で従業員を確保する要請が極めて高い。しかるに現場を担当する従業員が、雇用契約上必要とされる事務引継ぎもしないまま、他の会社に転職することとなると、原告の従前の営業努力により確保することができた顧客が容易に失われることになる。そこで、原告としては、そのような不信行為を行う従業員から、自らが培ってきた営業を守るために、必要最低限度の雇用契約後の義務として、六か月を限度として、当該従業員が従前担当していた顧客と取引のある競業他社への就職を禁止したのである(本件規定)。

このように本件規定による競業避止義務は、被告会社の正当な利益を守るために同業他社への就職を包括的に禁止するものではなく、あくまで、「六か月間」という短期間において、「同じ職場にある」同業他社への就職を禁止するものであり十分に合理的なものである。被告らは、被告高田らの技術習得に関する職業選択の自由を主張するが、原告としては、同人らの他の職場での就労については全く関与する意思を有していない。また、被告らは、競業避止義務に関して、代償措置の有無を問題にするが、代償措置は競業避止義務の有効性の必要条件ではない。結局のところ、競業避止義務の有効性は、当該職務の目的との関連で、合理的制限といえるか否かの判断に尽きるのであり、前述の通り、競業避止義務の必要性及び正当性、並びに、期間及び地理的範囲において限定されていることとを考慮すると、本件条項の効力に疑問の余地はない。

3  原告の損害

(一) 訴外会社は、原告の従来からの顧客であり、比較的安定した取引先であるところ、右被告らの行為により、原告は、同顧客を失った。被告高田及び同茅野の売上から変動費を控除した利益は、別紙<略>記載の通り、それぞれ年額一四五万二四七九円及び一六七万六四七六円である。右被告らの行為がなければ、今後とも少なくとも三年間は、原告と訴外会社とは、従前どおりの取引継続が可能であったはずである。原告は、被告らの行為により、合計九三八万六八六五円の損害を被った。

(二) 原告が問題とするのは、訴外会社においての業務請負があるか否かではなくて、その量及び割合である。すなわち、被告らの不当な移籍行為がなければ、原告は、従前の量あるいは割合の訴外会社からの業務請負を確保していたのである。また、本件は通常の欠員が生じて、その欠員をどちらが補充するという事案ではない。すなわち、被告らが共謀して移籍行為を敢行した結果、原告は突然にかつ被告会社と競争する機会がないままに、二名分の仕事先を喪失したのである。もちろん、景気の影響を受けて受注数が減少することはやむ得(ママ)ないことである。しかし、一定の仕事量が存在した場合に、その仕事をどのように配分するかという点に関して、競業関係にある他社従業員を引き抜くことによってその仕事を確保するということは、自由競争の範囲を逸脱するものである。

四  被告らの主張

1  不法行為責任

被告らは、社会的相当性を逸脱する行為は行っていない。

(一) 原告と訴外会社との契約等

原告と訴外会社、被告会社と訴外会社との契約はいずれも業務処理請負契約であり、訴外会社から場所と機械を借りて業務処理を請け負うものである。訴外会社から原告及び被告会社へ支払う報酬も、コネクタを一個製造して何銭と決められている。原告及び被告会社は、従業員を訴外会社の院庄工場で就労させている。平成一一年三月二〇日当時、原告の従業員は一〇名、被告会社の従業員は二〇名が就労していた。製品需要が増えれば訴外会社から原告なり被告会社への受注も増加し、需要が減れば受注が減少する。それに伴い、原告なり被告会社の従業員の数も増減する。受注を減らす場合には、同社から原告及び被告会社へ連絡が入り、指定された数だけ従業員数が減少し、また受注を増やす場合には、原告及び被告会社へ連絡が入り、良い人材を早く確保した方が従業員を増加させることができる。また、原告又は被告会社の従業員に欠員が生じた場合には、同社から原告及び被告会社双方に補充せよとの連絡が入り、あるいは原告ないし被告会社の代表者(被告有元)が他社に欠員の生じたことを人から漏れ聞く場合もあり、そのような場合には同社の気に入ってくれる良質の人材を早く確保した方に欠員の補充が任される。

(二) 被告高田らが被告会社へ移籍した経緯等

本件の場合、原告と被告高田らとの雇用契約は雇用期間三か月の短期契約であり、期間が満了すれば契約は終了するものであった。そして、両名とも期間満了前に期間満了により退職する旨原告に告知していた。期間満了後の事務引継ぎなど、これまでの退職従業員もしたことはなく、雇用期間中であったとしても従業員から退職の申出があれば承認され、同人は申し出た日から出社せず、事前・事後に事務引継ぎをしたことは過去ない。実際にも、被告高田らの従事する業務は機械のオペレーターであって、操作は簡単であり、そのためには原告の簡単な事前研修を受ければ容易に処理できる。そして、被告高田らも従前からの慣例に従い、期間満了により事務の引継ぎをすることもなく退職し、以後出社していない。被告高田らは事前に示し合わせて退職した訳でもない。被告有元の方にしても、平成一一年三月二〇日の一、二日前になって、訴外会社の製造第一課長岡田某(以下「岡田」という。)から「被告高田らは被告会社にゆくのか。」と尋ねられたが、被告有元は寝耳に水の話であり、何のことか分からなかったため「何のことか分かりません。」と返事をした位である。被告有元は当時、被告高田らの名前さえ知らない状態であった。その後、同月二〇日の一、二日前の日に被告有元は岡田から「被告高田らの話はどうなっているのか。」と尋ねられたので、岡田に被告茅野が誰かを聞き、同人に会って「順番が違うのではないか。」と抗議した。そして、その真意を確認すると被告会社に就職したいということだったので、採用の方向で考えた。その日の後の時間に被告高田にも会って意思確認をしなければと思い、前に話題になっていた被告高田とはどの人か知らなかったので、岡田に教えてもらって、被告高田に会い、被告茅野に対して行ったのと同様の抗議をしその真意を確認したところ、被告高田も被告会社に就職したいということだったので、同人についても採用の方向で考えた。このように被告高田らの意思確認を被告有元がしたのは同月二〇日の一、二日前のことである。被告高田らは同月二〇日に原告を退職し、同月二二日に被告会社に就職した。被告会社は右二名を採用してから就労場所を検討したが、従前の経験を生かせるので訴外会社の院庄工場の組立三係で働いてもらって良いか訴外会社の総務課長土居某(以下「土居」という。)に、相談したところ、了解を得られたので、被告会社の社員として組立三係で働いてもらっている。被告高田らは、被告会社に就職して一週間位の間に、互いに原告を退職して被告会社に就職していることを知るに至り、同じような人がいるなあと感じた位である。

2  契約責任

競業避止義務を定める本件条項は無効である。本件条項は、退職後も労働者に競業避止義務を負わせるものであって、在職中の競業避止義務とは種類、程度が相違する。労働者はそれまでの経験・知識・技能を生かした職場への就労を希望するのは当然であり、かかる希望は正に憲法によって職業選択の自由の一環として保障されたものである、(ママ)それを従前勤めていた企業の利益を擁護するために制限するものであるから、退職後も労働者に競業避止義務を負わせる特約を有効とするのは、ごく例外的な場合しかあり得ないのである。すなわち、労働者の退職後も競業避止義務を負わせるだけの企業の正当な利益の擁護の必要性・合理性があり、かつ、退職後も競業避止義務を負わせるだけの代償措置が労働者に付与されているものであることが必要である。被告高田らの就いていた業務は、一人平均三ないし四台の機械を担当して、機械の発する信号に従って材料を補充したり、材料や半製品が機械に詰まったのを取り除いたり、出来た製品を箱詰めするといった簡易な仕事であり、それ自体、資格、技能、特別な能力も必要ない。このように原告の職務内容は、秘密保持が強く要請される職場でもなく、退職労働者の知識、経験の獲得のために原告が膨大な投資をしたわけでもなく、退職労働者に競業避止義務を課してまでも守らねばならない企業の正当な利益など存在しない。また、最も重要なことは原告には代償措置が存在しないことである。すなわち、かかる競業避止特約を有効とするためには、六か月間競業会社への就職を禁止されることによって失われる労働者の利益が、原告で就労していた期間中に原告から被告高田らに代償措置として付与されていることが必要であるが、右両名の原告での労働条件は、期間三か月の短期労働者であり、時給も一二三〇円、土曜、祝日の出勤は三日目以降から手当がつくのみ、もちろん退職金の支給もないのである。このように労働条件は過酷であるうえ、何らの代償措置も用意されておらず、また、実際にも競業禁止の代償も実施されていないのであるから、退職後の労働者の競業を禁止する特約は退職以後の労働者の職業選択の白由に無用の制限を課すものであって、本件条項は職業選択の自由に反し、民法九〇条の公序良俗に反し無効である。

3  損害について

被告高田らが退職し、欠員が生じたとき、その欠員の補充を原告がするか被告が行うかは、訴外会社の気に入る良質の人材を早く確保した方に欠員補充が任されているのであり、被告高田らの後任者は、必ず原告が補充する合意なり権利なりは存しない。また、受注が増えれば、原告又は被告の就労者も増えるが、訴外会社からの受注が減れば、原告又は被告からの就労者も減少する(原告では平成一一年三月二〇日当時一〇名だったが、同年六月二四日現在では一一名が就労)。固定的に向う三年間も被告高田らに相当する人数の就労が保障されているわけではない。

五  争点

1  被告らに対する不法行為の成否―違法な顧客奪取行為の有無

2  被告高田及び同茅野に対する契約責任の成否―本件条項の有効性

3  損害の有無

第三当裁判所の判断

一  証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  原告と被告会社はいずれも、訴外会社から場所と機械を借りて訴外会社の業務処理を請け負っていたものであるが、現実には訴外会社の要請する人数の労働者が訴外会社において就労するものであった。被告高田らは、原告の従業員として訴外会社の院庄工場で機械のオペレーターとして働いていた。同人らの原告との最終の契約期間は平成一〇年一二月二一日から平成一一年三月二〇日までの三か月であった。また同人らの業務の内容は、一人平均三ないし四台の機械を担当して、機械の発する信号に従って材料を補充したり、機械に詰まった材料や半製品を取り除いたり、出来た製品を箱詰めするといったものであり、訴外会社の院庄工場で働くに際し、特段の事務引継ぎや機械の操作その他仕事の段取りを教えてもらったことはなかった。

2  被告高田らは、原告のもとで就労中に、新聞の折込広告等で被告会社の方が原告より給料が良いことを知り、同社に移りたいと考えるようになった。

そして、平成一一年三月上旬、被告高田は被告有元から被告会社に採用枠があるとの返事をもらい、同日頃原告に退職の意向を伝えたが、当時原告の岡山姫路のブロック長であり、訴外会社の院庄工場を担当する津山営業所を統括する立場にあった田嶋順から同月末日まで勤務するように慰留され、被告高田は一旦はこれを了承した。しかしその後、訴外会社から平成一一年三月二〇日付けで辞めてもらっても支障がないと言われたことから、同月一五日午後、再度原告に連絡し、三月末の退職を同月二〇日にしたいこと、訴外会社はどちらでもいいと言っている旨を通知した。

被告茅野も同月上旬ころ被告有元に被告会社で雇ってもらえるかどうかを確認し、被告有元がこれを承諾したことから、同月一五日、同月二〇日で退職すること、訴外会社には同日連絡する旨を通知した。

他方、被告有元は、訴外会社の岡田に被告高田らが被告会社で働くことを報告し、土居に被告高田らの後任を原告が訴外会社に引き合わせていないことを確認したうえ、土居に被告高田らを引き続き訴外会社の同じ職場(組立三係)で働かせることを了承してもらい、その後被告会社は、同月二二日付けで被告高田らを採用し、同じ組立三係で就労させた。

二  争点1について

前記認定によれば、被告高田らは、新聞広告等により原告よりも、被告会社の時給が良い事を知り、被告会社へ移籍することを考え、それぞれが別個に被告有元に連絡のうえ、原告を退職したものであって、同人らの被告会社への移籍について社会通念上違法とされるような事情があったとまでは認められない。

原告は、被告高田らが、原告の訴外会社における請負業務を喪失させた旨主張するところ、証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告高田らが原告を退職する以前に訴外会社での就労を訴外会社に打診していたことが認められ、これによれば被告高田らが被告会社に移籍後も訴外会社において就労することを望んでいたことは推認できるが、被告有元と共謀してこれを画策したとの事実は認めることができないし、被告高田らの意図は労働条件のより良い職場に移りたいというにとどまり、これを不当ということはできない。

原告は、被告高田らは、業務引継ぎの義務があったのにこれを行わないのみならず、原告が被告高田らの後任の人間を探すのが不可能な期間に退職の申し出を行ったなどと主張するところ、これは被告高田らが就労していた業務を原告の従業員に引き継ぎ、あるいはその機会を与えるべきであると主張するものと解されるが、単純労働者であった被告高田らにそのような義務があったとはいえない。

また原告は、被告有元が、原告の岡山営業所が閉鎖される等の噂を流したり、原告より時給を高く設定して原告従業員に誰彼となく声をかけ、その引き抜き行為を行っていたものであると主張するが、被告有元が、原告の岡山営業所が閉鎖されるとの噂を流しているとの事実はこれを認めるに足りる証拠がない。ただ、被告有元が原告の従業員らに対し移籍の勧誘をしていたことがあったことは証拠上窺われるものの(<証拠略>)、その勧誘に従って移籍したとしても、その移籍した当人が訴外会社の職場で就労できるかどうかは訴外会社の意思にかかるものであり、移籍の勧誘自体はこれを直ちに違法なものということはできず、社会通念上自由競争の範囲を逸脱する違法な勧誘がなされたとまで認めるに足りる証拠はない。被告高田らが原告を退職し、被告会社に就職し、しかも被告高田らが原告の従業員として就労していた業務を被告会社の従業員としてそのまま引継いだため、原告は訴外会社の業務を失うことになったのであるが、これは訴外会社が右引継ぎを認めて原告に請負わせていた業務を訴外(ママ)会社に請負わせることになった結果であって、不正、違法な手段が用いられたわけではなく、未だ社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものとはいえないから原告の被告高田ら、被告有元及び被告会社に対する不法行為に基づく請求は理由がない。

三  争点2について

使用者が、従業員に対し、雇用契約上特約により退職後も競業避止義務を課すことについては、それが当該従業員の職業選択の自由に重大な制約を課すものである以上、無制限に認められるべきではなく、競業避止の内容が必要最小限の範囲であり、また当該競業避止義務を従業員に負担させるに足りうる事情が存するなど合理的なものでなければならない。

前記認定によれば、被告高田らの原告での業務は、単純作業であり、原告独自のノウハウがあるものではなかった。また本件規定は、同じ現場に原告と競業する他社が存在し、人材の欠員、増員に関し、どちらか先に取引先(訴外会社)に気に入られる人物を提供した方がその利益を得るという状況下で、単に原告の取引先を確保するという営業利益のために従業員の移動そのものを禁止したものである。そして原告における被告茅野の年収は約三六六万円(税込み)、被告高田の年収は約三二三万円(税込み)と決して高額なものではなく、また退職金もなく(<人証略>)、さらに本件規定に関連し原告は従業員に対し何らの代償措置も講じていなかった(当事者間に争いがない事実)。以上を総合考慮するならば、本件規定が期間を六か月と限定し、またその範囲を元の職場における競業他社への就職の禁止という限定するものであったとしても、被告高田らの職業選択の自由を不当に制約するものであり、公序良俗に反し無効であると言わざるを得ない。

従って、本件規定に基づき被告高田らに損害賠償を請求する原告の請求は理由がない。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官 西森みゆき)

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